「なあんだ、お父様か」で激しい暴力

こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチの森陽(もりあきら)です。

 

ハピリプコーチングにお越しいただき、ありがとうございます。

 

「親」という存在は子どもの庇護者であり、愛情を与える存在であり、そもそも生命を与えてくれた存在です。子どもにとって親はそれはそれは大切な存在であり、子どもは親を強く愛し、また親の愛情を強く求めます。

 

あらん限りの愛情と知恵をもって素晴らしい子育てができる親ももちろんいます。

 

しかし、他方で、自らの情緒の不安定さにより、または智恵の不足から極めて不適切な子育てをしてしまう親も残念ながらいます(愛情の不足ではありません。)。いわゆる「毒親」と呼ばれる存在です。

 

以前の記事で小石川真実氏著「親という名の暴力」(高分研)という本を紹介しました。

この本は東大を出て医者になったものの、毒親に育てられた精神の歪みにずっと苦しめられていた著者(以下「真実さん」とお呼びします。)が自らの体験を赤裸々に語ったものです。

 

この本に書かれていることは私のゴールにとってとても大切なものですので、時間をかけてこの本に関連したお話を少しずつ語っていこうと思います。

今回は真実さんが父親から暴力を振るわれたエピソードについてお話します。

「なあんだ、お父様か」で激しい暴力

 

SJJP / Pixabay

真実さんは父親に対して「なあんだ、お父様か」と言ったことに対して父親から顔面を床に何度も叩きつけられるという暴力を振るわれたそうです。

真実さんは上の前歯がぐらぐらする状態になったそうですから、父親の行為は傷害罪(刑法204条)に該当します。

刑法204条には

「人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」

とありますから、警察が捜査をすれば父親は刑事罰を受ける可能性があります。

当然許される行為ではありません。

ただし、本稿の趣旨は父親の暴力を咎めることにありません。

注目すべきは父親が暴力に及んだ理由です。

父親が暴力に及んだ理由は「なあんだ、お父様か」という言葉です。

最初これを読んだとき何が悪いのか理解に苦しみました。

私が父親なら「そうだよ。」で終わりです。状況によっては「チューするぞ」となるでしょう(想定しているのは4歳の息子)。

なのになぜ真実さんの父親は激怒し激しい暴力に及んだのでしょうか?

一つ考えられるのは真実さんの発言は「父親の存在を軽く見ている」とも捉えうることです。

父親は娘から軽く見られていると感じて激怒したのだと想像します。

しかし、これで激怒はちょっと行き過ぎです。

以下は私の仮説です。想像の域を出ませんが、かなり確信を持っています。

おそらく父親自身「自己肯定感」が極めて薄い人だったと想像します。自分の存在に自信を持てないので、他者の些細な言動に自分の存在が揺らぐほどの危機感を覚えます。娘の自分を軽くみる言動から自分の存在が揺らぐほどの危機感を覚え、発作的に暴力に及んだのでしょう。

真実さんの父親に限らず自己肯定感の薄い人は他人の些細な言動に激高する傾向があります。怒りをコントロールすることができないのです。

親がこの状態だと子どもにいいわけがありません。

以上から私は一つの結論を導きます。

厳しいことを言いますが、

自己肯定感をしっかりと得るまでは親になるべきではありません。

もし自己肯定感を得ないまま親になってしまったら。

今すぐ自己肯定感を得るためにありとあらゆることをなすべきです。

このことは子どもが成人していても同じです。

今回は以上です。

苫米地式コーチング認定コーチの森陽でした。

 

サイトマップ

まとめ「親という名の暴力」編

 

 

 

LINEで送る
Pocket

森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。

正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。
ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。

カテゴリー: コーチング タグ: , , , , , , , , , パーマリンク

コメントを残す