毒親へ不満表明

こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチの森陽(もりあきら)です。

 

ハピリプコーチングにお越しいただき、ありがとうございます。

 

「親」という存在は子どもの庇護者であり、愛情を与える存在であり、そもそも生命を与えてくれた存在です。子どもにとって親はそれはそれは大切な存在であり、子どもは親を強く愛し、また親の愛情を強く求めます。

 

あらん限りの愛情と知恵をもって素晴らしい子育てができる親ももちろんいます。

 

しかし、他方で、自らの情緒の不安定さにより、または智恵の不足から極めて不適切な子育てをしてしまう親も残念ながらいます(愛情の不足ではありません。)。いわゆる「毒親」と呼ばれる存在です。

 

以前の記事で小石川真実氏著「親という名の暴力」(高分研)という本を紹介しました。

この本は東大を出て医者になったものの、毒親に育てられた精神の歪みにずっと苦しめられていた著者(以下「真実さん」とお呼びします。)が自らの体験を赤裸々に語ったものです。

 

この本に書かれていることは私のゴールにとってとても大切なものですので、時間をかけてこの本に関連したお話を少しずつ語っていこうと思います。

 「鋳型をはめる親(その1)」「鋳型をはめる親(その2)」「鋳型をはめる親(その3)」「鋳型をはめる親(その4)」で真美さんの母親が真美さんにはめた「鋳型」について語ってきました。

今回は大人になってまだ苦しんでいる毒親に苦しめられた子どものお話をします。

 

※鋳型の定義は「鋳型をはめる親(その1)」にあります。

 

毒親へ不満表明

Klappe / Pixabay

 

「鋳型をはめる親(その4)」では毒親に苦しむ子どもがいた場合、その責任は100パーセント親にあるというお話をしました。

では、毒親に苦しんだ子どもが大人になった場合はどうでしょうか?

毒親に苦しめられた子どもは大人になってからも生きづらさに苦しめられます。

親が原因だと気が付く場合も多いでしょう。

そのとき、毒親に苦しめられてきた大人が毒親に対して不満を何らかの形で表明したとします。

残念なことに、その不満の表明はたいていの場合批判にさらされます。

いい大人になって親に不満をぶつけるなどみっともないとかというたぐいの批判です。

しかし考えてみてください。

毒親のやっていることは極めて不適切な子育てであり、場合によっては犯罪と言っても過言でないものすらあります。現に毒親が原因で子どもが自殺(未遂)に至るケースだってあるのです。

犯罪被害者が犯罪加害者に対し罰を求めることをみっともないというでしょうか?

もちろん言わないはずです。犯罪被害者が犯罪加害者に罰を求めるのは当然の権利です。

毒親に苦しめられてきた子どもは、何も毒親に罰を与えようというのではないのです。

毒親に不満を表明し、一言悪かったと謝ってほしいだけなのです。

謝ってもらえることで地に落ちていた自己肯定感を回復できるのです。

ほんのささやかな権利行使にすぎません。

当然すぎる権利行使です。

犯罪被害者が犯罪加害者に対して、その不満を表明し、罰は求めないが謝ってくれと主張しているのと同じなのです。

責められる故はどこにもありません。

今回は以上です。

 

苫米地式コーチング認定コーチの森陽でした。

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まとめ「親という名の暴力」編

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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