あらゆる義務は幻想です!

これもしなければならない。あれもしなければならない。一日中やりたくないけど、やらなければならないことを一生懸命やって生きている。自分は義務を果たしているのだ。どうだ、偉いだろう!

なのにあいつときたら、やりたいことばかりやって、全く義務を果たそうとしない。なんてけしからん奴だ!

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こんにちは。森陽(もりあきら)です。

今日は「あらゆる義務は幻想です!」というお話しをします。

冒頭のような思考をしている人はきっと多いはずです。義務を果たしている自分は偉いが、義務を果たしていないあいつはけしから奴だと。今日はそんな人に向けてのお話しです。

まず大前提として確認します。

義務を果たして生きることは楽しいでしょうか?

義務を果たして生きる人生は充実しているでしょうか?

義務を果たして生きることで、死ぬときに本当に後悔しないでしょうか?

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義務を果たして生きることは、楽しくもないですし、人生が充実しているとも言えませんし、死ぬとききっと後悔するでしょう。

しかし、義務を果たして生きる人はこう言うでしょう。自分は立派に生きているのだと。義務を果たしている自分は偉いのだと。だから楽しくはなく、充実してもいなく、もしかしたら死ぬとき後悔するかもしれないけれど、自分の人生は誰に対しても胸をはれるものだと。

よくよく考えてください。本当に胸をはれるなら結構ですが、自分の心と真摯に対話したとき、本当に胸をはれると言えますか?果たした義務は、本当に値するものでしたか?

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そもそも、本当に義務とは何でしょうか?

義務とは、一般的に「しなければならないこと」とをいいます。

きっとあなたもたくさんの「しなければならない」を抱えていることでしょう。

学校へ行かなければならない。

勉強しなければならない。

会社に行かなければならない。

などなど。

たくさんの「しなければならない」にがんじがらめになっています。

しかし、「しなければならない」は本当に「しなければならない」のでしょうか?「しなければならない」の根拠は何ですか?「しなければならない」に実体はありますか?「しなければならない」は単なる思い込みの可能性はないですか?

学校へ行きたくなければ行かなくていいんです。学校へ行くのは権利であって義務ではありません。いじめなどで学校が安全でないなら学校で学ぶ権利を放棄して行かなくたっていいんです(詳しくは論じませんが、いわゆるパターナリズムについては別に考慮する必要があります。一定の年齢までは親や周囲の大人が子どもの権利行使を代行してあげることが必要ですが、この点はこの記事の主眼ではないので、脇に置きます。)。学ぶ権利を実現する場所は外で探せばいい。そもそも「学校へ行かなければならない」義務などどこにもありません。周囲から刷り込まれて、脳味噌が勝手にそう思い込んでいるだけです。

勉強だってしたくなければしなくてもいい。その結果、知識や思考力が身につかないのは自己責任です。

会社にだって行かなくてもいい。会社に行かなければ給料がもらえないだけです。それだと満足な生活ができないかもしれませんが、これもまた自己責任です。

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「しなければならない」の根拠が法律や社会のルールなどと言う人もいるでしょう。

しかし、法律やルールに反すれば不利益を受けるかもしれませんが、それだけです。ルール違反に課されるペナルティを甘受すればすむことです。

そもそも、法律も社会のルールも神ではない人間が作ったものですので、完璧なものではありません。従うか従わないかは自由意志で決めることができる性質のものです。にもかかわらず、ほとんどの人が最初から「従わなければならないもの」と思い込んでいます。

「悪法も法であるか?」などの議論はありますが、少なくとも法律や社会のルールもそれだけで絶対正しいもの(カントがいうところのアプリオリなもの)ではありません(この点は難しいと感じる場合、読み飛ばしてもかまいません。もし余力があり、ご興味があるなら、カントのアプリオリは現在は不完全性定理の証明によりもはや否定されており、また釈迦は2500年前に既に縁起の思想でアプリオリを否定していたことなど学んでいただくと、今日の記事がより深く理解できるようになります。)。

私はいたずらに法律やルールに反することをおすすめしているわけではありません。どんなことでも最初から「しなければならない」と決めつけずに、「自分の意志で」「自由に」選び取ることをおすすめしているのです。

多くの人が義務にがんじがらめになり、極めて不自由な人生を送っています。そして、義務と思っている多くのことは、他者から他者の利益のために仕掛けられています。義務を果たそうとする人生は本当に苦しいものです。義務を果たすことは偉いのだと思っているのかもしれませんが、その義務と思い込んでいるものは誰かに仕掛けられている可能性が高いものです。その義務を果たすことで本当に自分は偉いのだと胸をはれるか、かなり怪しいことがほとんどでしょう。

まずは思考の抽象度を上げて、仕掛けを見抜いてください。仕掛けを見抜いたうえで、自由意志で人生を選び取ってください。ただし、自由意志で人生を生きることは自己責任が絶対条件です(「覚悟」のすすめ参照)ので、その点だけはご注意ください。

ではでは。

 

 

 

 

 

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。

正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。
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