幸せを願って育てたのに~「母と娘の確執」に反響

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こんにちは。森陽(もりあきら)です。

本稿ではハピリプ「人間関係」編お送りしようと思います。
2016年(平成28年)12月10日付け北海道新聞18面に「母と娘の確執」に関する記事が載っていました。

同紙の以前の記事(同月1日付け)で母との確執に悩む娘が取り上げられており、今回の記事ではその記事を読んだ母からの反響が掲載されていました。

これらから①多くの女性が母との関係に悩みを抱えていること及び②母はそれを知ってびっくりしてしまっていることがわかります。

これは実に多くの母娘が抱えている問題です。表面的には問題が無いように見えながらも、潜在的に同種の問題を抱えている母娘を含めるとほとんど全てといってもいいのではないかと思えます。

今回のハピリプコーチングでは私の学びと経験からこの問題に対する一つの仮説をご提供いたします。

もとより仮説ですから完全に正しいと主張するつもりはありませんが、しかし確信度がかなり高い仮説です。

心の底から言葉を絞り出し、真摯に語っていきますので、読者であるあなたも自らの心と対話しながら真摯に読み進めて頂けると幸いです。

主に「母」に向けて視点を提供していますが、娘の立場でもきっと参考になると思いますし、母や娘に限らず親子関係全般に応用できるお話をしています。

では、始めます。

 

なぜ母を拒絶する?

なぜ娘は母を拒絶するのでしょうか?

多くの母親がこれが分からなくて困惑しています。

なぜ娘は自分を拒絶するのか。

自分はこんなにも娘を愛しているのに。

自分はこんなにも娘に尽くしてきたのに。

そんな私に娘は尽くすべきであるのに。

さぞ理不尽に感じるでしょう。

厳しいことを言います。

娘さんが自分を拒絶することを理不尽と感じているうちは娘さんとの関係修復は難しいというべきです。

母を拒絶する余程の理由

娘が母を拒絶するときはまず間違いなく余程の理由があります。

なぜなら、母親は子どもにとって極めて重要な存在だからです。

にもかかわらず、母親を拒絶するということは余程の理由があるかに他なりません。

そして、個別には色々あるでしょうが、一段抽象度の高い視点で見ると明らかな共通項が浮かび上がります。

娘を独立した対等の人格として尊重していない

のです。

無断で結婚した?

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上記北海道新聞の記事の中にとある母親の実例が紹介されていました。一部引用します。

(引用開始)

3年ほど前、戸籍の写しを見ると、娘が無断で結婚していることを知った。ショックが大きく、「それから娘の年齢は数えないようになった」。

(引用終わり)

あなたはこれに違和感を感じないでしょうか?

この母親は娘が突然連絡を絶ったことに驚きと戸惑いを感じているそうです。

そして、娘が「無断で」結婚したことにショックを受けています。

ここから私は娘さんが連絡を絶つにいたる事情を容易に察することができます。「そりゃそうだろうな」と思うのです。

どういうことか?

このお母さん、まず前提が間違っているのです。

結婚するのに親の承諾を得るのが当然などと思っているから

「無断で」

という感想が憤りとともに出てくるのです。

日本国憲法24条には

「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、(以下省略)。」
とあります。

成人の場合、民法上も親の承諾は要件ではありません。

であるのに、結婚は親の承諾が必要だと当然のように思っているのです。

このことから

独立した対等の人格として尊重していない

ことが分かります。

儒教的上下関係を脇においたら私の主張はすんなり入るはずです。

もし反発が起こるとすれば、儒教的上下関係があなたの中にあるからに他なりません。

娘を「下」と位置付け、「下」である娘は結婚という重大事には「上」である母親に伺いをたて、許可を得るべきだという価値観です。

まずはこれを乗り越えるべきなのです。

母と娘は対等な存在です。

そのことを押さえて娘さんの人格を独立した対等なものとしてしっかりと尊重できれば、自ずと関係性は修復されるはずです。

私にしても人の子ですから親に対する慕情は当然あります。

しかし、親が私の人格を尊重しない態度ならば徹底的にはねつけるでしょう。

人は人格を押さえつけられたらたとえ親であってもはねつけようとします。しかし、親をはねつける行為は子どもの側では相当な抵抗があるのです。そして、相当な抵抗があるのにも関わらずそうせざるを得ないのは余程のことがあるというべきです。

つまり、娘から拒絶されているということは、

娘に対して余程のことをしてきたと強烈に自覚すべき

なのです。

しかしながら、大抵の場合、余程のことをしてきているにも関わらず、その自覚がないのが実情です。

なぜ自覚がないのでしょうか?

娘を「下」とみなし、娘は「上」である母に従うべきだと思っているから

です。

しかも、大抵の場合、「上」であるはずの母が「下」であるはずの娘に依存しているのです。

母娘の関係性修復はほとんどが母親側にかかっています

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母娘の関係を修復したければ、まずは母親が認識を改める必要がどうしてもあります。

どうぞ娘さんとの関係性を修復してください。

なにも難しいことはありません。

娘さんを独立した対等の人格として尊重すればいい

だけです。

娘としても母との関係を心の底では修復したいのです。

母が自分をしっかり尊重してくれると分かれば自ずと関係を修復する方向に舵が着られます。

大丈夫、あなたなら出来ますよ。

森陽でした。

※本稿で論じた問題は儒教の弊害が顕著に表れた例であるともいえます。儒教は差別を助長し、人々を不幸にするものであると私は考えています。

「まとめ「儒教批判」編」

(参考文献)

信田さよ子氏著「母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き」(春秋社)

斎藤環氏著「母は娘の人生を支配する」(NHKブックス)

スーザン・フォワード氏著「毒になる親 一生苦しむ子供」(講談社+α文庫)

 

 

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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