保身を乗り越える

こんにちは。森陽(もりあきら)です。

今日は「保身を乗り越える」というお話をします。

保身」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?

きっとそんなに良いイメージではないですね。一方で、日々の社会生活で私たちは「保身」的な行動をとってしまいがちです。

人間には生存本能がありますので、保身を図ることは理にかなっているともいえます。なのにどうして「保身」には何か良くないイメージがあるのでしょうか?

私の答えは、人間はただ生存するために生きているわけではないからです。生きることの意味は他者の役に立つことです(「生きる意味」参照)。どのように役に立てばよいかというと、あなたの良心にしたがって役に立てばいいのです。良心に従ってさえいればどんなことでも構いません。

さて、「保身」という言葉には、「他者の利益を犠牲にして自らの身の安全を図る」というニュアンスが含まれます。そして、保身を図ることは良心を犠牲にすることが伴ってきます。良心を犠牲にせずして身の安全を図ることを保身とは呼ばないでしょう。

良心に従って生きることが幸せに生きるための絶対条件です(「幸せに生きるための絶対条件」参照)。

だとするならば、保身を図ることは、自ら幸せを手放す行為だといえます。

いじめの例を出しましょう。

クラスでいじめられている人がいたとします。あなたはどうしますか?いじめに加わるか、傍観するか、助けるか。あなたの良心は助けろと命じています。しかし、助ける選択はあなたがいじめの標的になるリスクがあります。保身を図るならばいじめに加わるか、傍観するかのいずれかです。

 

どうか勇気をもって助ける選択をして欲しいと思います(幸せに生きるには「勇気」が必要」参照)。

 

後から振り返ったとき、保身を選択した場合、とてつもない後悔があなたを襲うでしょう。他方で、勇気を振り絞り、良心に従った選択をすることはあなたに深い満足感をもたらします。たとえ、それがあなたの目先の利益を害したとしてもです。

 

仮に勇気を振り絞り、良心に従って、助ける選択をした場合、あなたがいじめの標的になってしまったとします。この場合どうすればいいのでしょうか?

答えは「とことん闘う」ことです。

闘うことの重要性についてはまた日を改めて書きたいと思います。

ではでは。

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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