鋳型を限りなくゼロにする子育て

こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチの森陽(もりあきら)です。

 

ハピリプコーチングにお越しいただき、ありがとうございます。

 

「親」という存在は子どもの庇護者であり、愛情を与える存在であり、そもそも生命を与えてくれた存在です。子どもにとって親はそれはそれは大切な存在であり、子どもは親を強く愛し、また親の愛情を強く求めます。

 

あらん限りの愛情と知恵をもって素晴らしい子育てができる親ももちろんいます。

 

しかし、他方で、自らの情緒の不安定さにより、または智恵の不足から極めて不適切な子育てをしてしまう親も残念ながらいます(愛情の不足ではありません。)。いわゆる「毒親」と呼ばれる存在です。

 

以前の記事で小石川真実氏著「親という名の暴力」(高分研)という本を紹介しました。

この本は東大を出て医者になったものの、毒親に育てられた精神の歪みにずっと苦しめられていた著者(以下「真実さん」とお呼びします。)が自らの体験を赤裸々に語ったものです。

 

この本に書かれていることは私のゴールにとってとても大切なものですので、時間をかけてこの本に関連したお話を少しずつ語っていこうと思います。

 「鋳型をはめる親(その1)」「鋳型をはめる親(その2)」「鋳型をはめる親(その3)」「鋳型をはめる親(その4)」で真美さんの母親が真美さんにはめた「鋳型」について語ってきました。子どもに鋳型をはめるという行為は殺人にも匹敵するもので、絶対になすべきではありません。

では、親はどのように子どもに接したらよいのでしょうか?

今回は一つの例として私の子どもへの接し方をご紹介します。

きっと参考になるはずです。

 

※鋳型の定義は「鋳型をはめる親(その1)」にあります。

 

鋳型を限りなくゼロにする子育て

 

2017年(平成29年)現在、私には4歳の息子が一人います。

 

私は「鋳型をはめる」ことの残虐性をよくよく理解していますので、息子に鋳型をはめることは「ほぼ」しません。

 

「ほぼ」ということはゼロではいのですが、それは最低限の安全を確保するために必要最小限の鋳型ははめているということです。

 

たとえば熱いものに触らないとか、道路を渡るときは左右をしっかり見るとかそういうレベルです。これを習慣付けとおかないと最悪熱湯をかぶったり交通事故にあったりして死んでしまいますから、親として子どもの安全を確保するためにやるべきことはやります。

 

しかしそのレベルを超えて「親の型」をはめることはかなり意識して回避しています。

 

走りたいときは走らせます。

歌いたいときは歌わせます。

怖がってやりたがらないことは無理にはやらせません。

食べたくないときは無理には食べさせませんし、ただし食べたいときにはいつでも食べることができる環境を用意しておきます。

もちろん遊びたいときには遊ばせます。可能な限り一緒に遊びます。

やりたいということはお金を湯水のように使ってでもやらせます。

内心の自由に立ち入ることなどありえません。

 

いわゆる「いい子」であることを強制することは全くありません。そもそも「いい子」とは「親にとって都合のいい子」だからです。

 

おわかりかもしれませんが、私はいわゆる「しつけ」をまったくしません。

 

「しつけ」なる行為はただ単に大人の都合を子どもに押しつけているに過ぎない行為だからです。「しつけ」と称した行為が子どもの魂をスポイルしてしまうのです。このことに多くの親が気づくべきだと私は思っています。

 

しつけをしないでいると、今の日本社会を前提とすれば周囲との軋轢(あつれき)が生じることがままあります。周囲のいわゆる「常識」とぶつかることがあるからです。そういうとき、私は体をはって全力で子どもを守ります。周囲から嫌われることなど子どもがのびのびと自由に育つことに比べれば考慮に値しません。

 

反論があることは承知で主張しますが、子どものしつけはすべきではありません。

 

しつけられた子どもはそつなく社会生活を送れる大人になるかもしれませんが、大きなことはなすことはおよそできず、また不満だらけの人生となってしまいます。今を生きる多くの大人がそうであるように、です。

 

そんな不満だらけの大人が自分の人生を取り戻すためにコーチングは極めて有用ですが、できるなら子どものうちから自分の人生を自由にのびのびと生きれた方がいいにきまっています。

 

今回は以上です。

 

苫米地式コーチング認定コーチの森陽でした。

 

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まとめ「親という名の暴力」編

(追記)

なお、「しつけ」はしませんが、その代わりに子どもと「ディベート」をします。しつけは親の結論を押しつけますが、ディベートは討論をするものの親の結論を押しつけることはありません。ジャッジは子ども自身が行います。この違いはかなり重要です。

この点については

苫米地英人氏著「脳の力を無限に引き出す幼児教育」(扶桑社)

に詳しいのでご興味のある方はご一読を。

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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