鋳型をはめる親(その2)

こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチの森陽(もりあきら)です。

 

ハピリプコーチングにお越しいただき、ありがとうございます。

 

「親」という存在は子どもの庇護者であり、愛情を与える存在であり、そもそも生命を与えてくれた存在です。子どもにとって親はそれはそれは大切な存在であり、子どもは親を強く愛し、また親の愛情を強く求めます。

 

あらん限りの愛情と知恵をもって素晴らしい子育てができる親ももちろんいます。

 

しかし、他方で、自らの情緒の不安定さにより、または智恵の不足から極めて不適切な子育てをしてしまう親も残念ながらいます(愛情の不足ではありません。)。いわゆる「毒親」と呼ばれる存在です。

 

以前の記事で小石川真実氏著「親という名の暴力」(高分研)という本を紹介しました。

この本は東大を出て医者になったものの、毒親に育てられた精神の歪みにずっと苦しめられていた著者(以下「真実さん」とお呼びします。)が自らの体験を赤裸々に語ったものです。

 

この本に書かれていることは私のゴールにとってとても大切なものですので、時間をかけてこの本に関連したお話を少しずつ語っていこうと思います。

前回の記事「鋳型をはめる親(その1)」では親が子どもの魂に鋳型(いがた)をはめると子どもの魂は死滅してくというお話をしました。 

今回はコーチングでよく出てくる「want to」という言葉から「鋳型」に切り込んでいきます。

 ※鋳型の定義は「鋳型をはめる親(その1)」にあります。

 

鋳型をはめる親(その2)

pascalmwiemers / Pixabay

 

苫米地式コーチングでは自分が望むゴールを設定し、設定したゴールに向かって100パーセントwant toで行動することを推奨します。そして、want toで行動するからにはその結果もまた自己責任というのが前提です。

want to とは「~したい」ということを表す英語で意味は簡単なのですが、しかし突き詰めていくとすごく深いものがあり、私のブログでもwant to をテーマにいくつか記事を書いています。

「「want」で生きていい!!!」

「三郎の義務義務人生」

「やりたいことがわからないあなたのための記事」

「「want」は仕掛けられているかもしれない」

など参照。

さて、「親という名の暴力」の中で真美さんがいうところの鋳型をはめられた状態に果たしてwant toはどこかにあるでしょうか?

自由な行動が制限されています。

表に出す表情すら制限されています。

感じ方すら制限されています。

表面上親に従っておいて、こっそり舌を出すことすら許されません。

人生時間のすべてがhave to なのです。

これで苦しくないはずがありません。

これで精神を病まないとすればそのほうがどうかしています。

親が鋳型をはめる行為はもちろん不適切な行為です。

というか、不適切を超えて犯罪とさえ言っていいでしょう。

子どもは親とは別の独立した人格を持つ存在です。

であるならば、

親は子どものwant toをしっかりと認める必要があります。

こんな当たり前ことさえしっかりと強調して言わなければならない現状を何としても打破しなければなりません。

 

今回は以上です。

 

苫米地式コーチング認定コーチの森陽でした。

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まとめ「親という名の暴力」編

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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