鋳型をはめる親(その3)

こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチの森陽(もりあきら)です。

 

ハピリプコーチングにお越しいただき、ありがとうございます。

 

「親」という存在は子どもの庇護者であり、愛情を与える存在であり、そもそも生命を与えてくれた存在です。子どもにとって親はそれはそれは大切な存在であり、子どもは親を強く愛し、また親の愛情を強く求めます。

 

あらん限りの愛情と知恵をもって素晴らしい子育てができる親ももちろんいます。

 

しかし、他方で、自らの情緒の不安定さにより、または智恵の不足から極めて不適切な子育てをしてしまう親も残念ながらいます(愛情の不足ではありません。)。いわゆる「毒親」と呼ばれる存在です。

 

以前の記事で小石川真実氏著「親という名の暴力」(高分研)という本を紹介しました。

この本は東大を出て医者になったものの、毒親に育てられた精神の歪みにずっと苦しめられていた著者(以下「真実さん」とお呼びします。)が自らの体験を赤裸々に語ったものです。

 

この本に書かれていることは私のゴールにとってとても大切なものですので、時間をかけてこの本に関連したお話を少しずつ語っていこうと思います。

 前回と前々回の記事「鋳型をはめる親(その1)」「鋳型をはめる親(その2)」で真美さんの母親が真美さんにはめた「鋳型」について語ってきました。

今回もまた鋳型について語っていきます。

※鋳型の定義は「鋳型をはめる親(その1)」にあります。

 

鋳型をはめる親(その3)

mcpdigital / Pixabay

 

真美さんが母親からはめられた鋳型は真美さんから二つの自由を奪っています。

すなわち、

①行動の自由を奪う

②内心の自由を奪う

です。

これはとても残酷なことです。

どれくらい残酷なことか想像がつくでしょうか?

たとえば罪を犯したとします。

日本には生命を奪う死刑もありますが、しかし死刑が適用されるのはよほどのケースに限られます。

一定以上重たい犯罪に対する罰の多くは「懲役刑(ちょうえきけい)」や「禁錮刑(きんこけい)」が課せられます。

懲役刑とは移動の自由を奪ってさらに強制労働を課す刑罰をいい、禁錮刑とは移動の自由を奪うものの強制労働は課さない刑罰をいいます。

懲役刑も禁錮刑もいずれも自由を奪う刑罰ですから「自由刑」といわれることもあります。

強制労働が課される分、懲役刑の方が禁錮刑よりも重い刑罰であるといえます。

懲役刑は一日のうち一定時間強制労働を課せられますが、一日のうちに自由時間もあります。また、強制労働が課せられないいってみれば休日もあります。無茶な残業を強いられるということもありません。また、刑務所の外に出ることができないという制約はあるものの、自由のすべてが制限されているというわけではありません。

また、内心の自由はまったく制限されません。「口答え」などの外側に出た行動に対して罰が加えられることはあるでしょうが、「感じ方」や「考え方」を理由に罰を加えられることはありません。従順を装って内心舌を出したっていいのです。

ここで真美さんがはめられた鋳型を考えてみましょう。

①行動の自由が制限され、②内心の自由が制限されています。表だって反抗することはもちろん、従順を装って内心舌を出すことすら許されません。

しかも、親の支配は一日24時間365日絶え間なく続きます。

幼い子どもにとって移動の自由だってあってないようなものです。親の庇護を抜け出すことは事実上不可能だからです。

この苦しさが想像できるでしょうか?

刑務所の方がはるかにマシです。

真美さんは過酷な環境を生き延びました。

真美さんご本人にとっては不本意なところもあるでしょうが猛勉強し東大に合格されました。東大のブランド力もさることながら、真美さんの論理的思考力は日本人トップレベルに鍛えられています。

その論理的思考力を用いて自らの過酷な体験を分析し世に出してくれているのが「親という名の暴力」という本です。

親である人、これから親になる予定のある人全員に読んでいただきたい本です。

 

今回は以上です。

 

苫米地式コーチング認定コーチの森陽でした。

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まとめ「親という名の暴力」編

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。

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