生きる力をここから得た!

こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチの森陽(もりあきら)です。

ハピリプコーチングにお越しいただき、ありがとうございます。

前回の記事「自由だから誰かのために」の中で、

空(くう)だから自由であり、自由だから誰かのために生きることをオススメします

というお話をしました。

空(くう)だから自由なのですが、自由だからといって自分の利益だけを追い求めていては得られる幸せはたかがしれています。

他者の幸せを追求してこそ大きな幸せを手にすることができるのです。

私はこのことにかなりの実感を持っています。

今回は私の話をしましょう。

生きる力をここから得た


自分でいうのも何ですがわたしはかなりの努力をして生きてきました。

他人の数倍努力して結果もそれなりについてきました。

ただし、その結果というのは私ではない他の誰かのの価値観に沿った結果です。

地域で一番の高校に入り、また地域で一番の大学に入りました。

大学では合気道部に入り、合気道のほか周辺武術も修め、合気道、杖道、居合道でそれぞれ二段になりました。

勉強も武術もそれぞれ懸命に「努力」して一定の結果を出し続けてきました。

私は何のために努力し続けてきたのでしょうか?

一つ言えることは私の努力は私ではない誰かの価値観におもいっきり迎合していたということです。

幼い頃から私はいわゆる「いい子」でした。

親や教師の言うことに疑問を持たず、親や教師が良しとすることを懸命にやってきました。

当時はっきりと意識していたわけではありませんが、今振り返ると私にとっての報酬は親や教師からの承認だったのだと思われます。

承認が欲しくて勉強し結果を出しました。もっと承認が欲しくて自分を更に高めようとして武術を始めました。

私の努力の源は自分自身の自己承認欲求でした。

他者からの承認によって自己肯定感を作り出そうと懸命になっていたのだと言えます。

今の私にとっては自明のことなのですが、他者からの承認によって自己肯定感を作り出そうとする試みは必ずどこかで限界を迎えます。

努力が結果を生んでいるうちは努力を続けることができますが、一度結果を失うと張り詰めた心の糸がプツンと切れるときがやってきます。

私の心の糸が切れたきっかけは司法試験での挫折でした。

大学生活では一切遊ぶことをせず、勉強し稽古をしそして生活費を捻出するためのアルバイトをしていました。

今から振り返っても相当ストイックな生活だったと思います。

ストイックな生活もwant to でなら何の問題もないのですが、私にとっては全てがhave to でした。have toなことを頑張ってやることが人として正しいことなのだと思い込んでいました。そもそも「努力」とはhave toなことを無理矢理頑張ってするときに使う言葉です。

そんなことがずっと続くはずもありません。仮に続いたとしてもそれは苦しみの継続でしかなく何もいいことはありません。

心の糸が切れた私は何もすることが出来なくなりました。

食事をするのも着替えをするのも億劫です。

自己肯定感は地に落ち、私なんて死んだ方が家族や世の中のためだと本気で思いました。

本気で死ぬこと考え、自殺の方法をあれこれ模索しました。痛いことや苦しいことは嫌なので、なるべくラクに死ねる方法はないものかも思案しました。

私が辿り着いた方法は雪山での凍死です。凍死は苦しくないと聞いたことがありましたし、春になって私の身体が解凍されたら動物が食べてくれるか少なくとも植物の栄養分になることが出来ると思ったのです。

幸いにして私は生き延び今このブログを書いています。

とある気づきをきっかけに私は生きる力を得ることが出来ました。

その気づきこそ今回お話したいと思っているメインテーマです。

私はメチャクチャ勉強し、ハードな武術の修練もこなしてきました。

人一倍努力してきたことに自信はありますが、しかし私の努力は全て自分自身の利益に向けられていました。

目先では試験の合格や段位の取得であり、根本には他者からの承認の獲得です。

結局その努力は終わりを迎え、そして自分自身の利益は簡単にどうでもよくなります。

というか、死んでラクになるという利益が簡単に上回るのです。

ここでポイントとなってくるのが私が辿り着いた死に方です。

私は死後の私の身体を栄養分と捉えました。

この捉え方は故手塚治虫氏作「ブッダ」の中に出てくる一つのエピソードから着想しています。

「ブッダ」の中にある少年が登場します。その少年は猟師の息子でした。少年の父は動物の生命を奪うことを生業としていましたから、少年は自分の身体を動物に捧げるというのです。若き頃のシャカをはじめ周辺は何とかとめよくとするのですが、結局少年は動物に食べられて命を落とします。

少年のとった行動はある意味究極の善行だと評価することも出来ます。

私は生きたまま食べられるのは嫌でしたが、死後の私の身体を食べられるのは構わないと思いました。むしろ私の身体が動物や植物の栄養分となれるのなら私が生きてきた意味もあるのだと思いました。

ここで私は極めて重要な気づきを得ます。

「私は役に立てる」という気づきです。

当時の私は自分は何の役にも立たず死んだ方がマシだと思っていたのですが、私の身体は栄養分になることが出来るということは疑いのない事実です。

そこから私の思考はさらに進みます。

栄養分となること以外にも役に立てると気がつきました。

道路に落ちているゴミを拾うことが出来ますし、誰かに挨拶することが出来ますし。勉強は人一倍してきたので誰かに勉強を教えることが出来ますし、寂しい人のそばにいることも出来ます。その他にも出来ることはまだまだありそうです。

そもそも私が自殺すれば家族を多大に苦しめることになるので、苦しさを我慢して生きているだけで家族のためになることにも気がつきました。

私は栄養分となることが出来ますし、その他のことでも役に立つことが出来ます。

自分のために生きる力はもはやありませんでしたが、自分以外の誰かのために役に立つなら生きようという力が湧いてきました。

そこで私は生きることを決意しました。

それから現在まで約15年、私は誰かの役に立とうとして生きてきました。

あれ程苦しかった生きることが全く苦しくなくなりました。

人生も好転し始めます。

苦手だった人間関係も全く苦にならなくなりましたし、経済的にも恵まれるようになりました。

結婚して子どもにも恵まれましたし、苫米地式コーチング認定コーチにもなれました。

私の人生のターニングポイントは間違いなく私は役に立てると気がつき、自分以外の誰かのために生きようとしたことにあります。

この世は空(くう)ですから自由です。自由だから誰かのために人生を設計するのです。

コーチングの枠組みで表現すれば自分以外の人の幸せを自分のゴールの一つとして設定するということになります。

単純なようですが、これこそが人生を輝いたものにする最大の秘訣だと言えます。

特に今生きることが苦しくて死ぬことでラクになりたいと願っている方へのメッセージです。

自分ためにはもう生きられないかもしれません。

ですが、自分以外の誰かのために生きようしてみてください。

どんな小さなことでもよいので自分以外の誰かの役に立とうとしてみてください。

きっと生きる力が湧いてくるはずです。

もちろん、これだけで生きる苦しみはなくならないでしょう。

しかし、間違いなくここが出発点です。

生きる苦しみは死なずともなくすることが出来ます。

むしろ苦しいまま死んでしまってはずっと苦しいままです。

どうぞ生きる決意をして欲しいと切に願います。

今回は以上です。

苫米地式コーチング認定コーチの森陽でした。

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。

正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。
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