Integrity~能力の欠如は許しても真摯さの欠如は許さない!~

こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチ 森陽(もりあきら)です。

今回の記事ではとても大切なことをお話します。

これを欠いては何も始まらないというほど大切なことです。

2017年2月24日、私は苫米地式コーチング認定コーチの資格を得たのですが、資格を得る過程で教えを受けたのが私の師匠である苫米地英人氏及び青山龍氏です。

苫米地氏については「苫米地博士のグループコーチング」で、

青山氏については「青山龍コーチのパーソナルコーチング苫米地式コーチング認定コーチ養成講座修了しました!」

それぞれ詳述していますが、

お二人が共通して持っている資質が本記事のタイトルにある

Integrity

なのです。

IntegrityをOXRORD Advanced Learner’s DICTIONARYでひくと

1 the quality of being honest and having strong moral principles

2 the condition of being whole and not divided

と出てきます。

これを日本語にすると

1 正直さと強い道徳心の質

2 首尾一貫している状態

という感じになります。

Integrityをジーニアス英和辞典でひくと

1 (堅固な)正直さ、誠実、高潔、清廉;(・・・としての)(芸術的・職業的)規準・規範

2 (正式)完全、無傷;無欠の状態(comleteness);統合、一つにまとまっていること

と出てきます。

また、

P.F.ドラッカー氏著「マネジメント」(上田惇生氏翻訳)(ダイヤモンド社)のなかで、上田氏は「integrity」を「真摯さ」と訳しています。

上記「マネジメント」から本記事の核となりうる至極の言葉がありますので、一部引用します。

(マネージャーに対する部下の態度について)

(引用開始)

無知や無能、態度の悪さや頼りなさには、寛大たりうる。だが、真摯さの欠如は決して許さない。彼らはそのようなマネージャーに選ぶことを決して許さない。

(引用終わり)

今回の記事ではこの「integrity」について深く深く掘り下げていきます。

Integrity

Pexels / Pixabay

 

一つ質問です。

あなたは完璧な人間でしょうか?

・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・

答えは「ノー」ですね。

あなたも私も完璧な人間ではありません。

人は自分が不完全な存在であることを知り抜いています。

さらに、自分以外のあの人も完璧ではないこともちゃんと知っています。

ということは、人は

他人の欠点には寛大たり得る

ということが言えます。

もちろん腹が立つことも多いでしょうが、たいていの場合、許せないことはありません。腹が立ちつつも、しょうが無いなと許してしまいます。

では、

他人があなたに対して不誠実であった場合はどうでしょうか?

他人があなたを利用しようとしていたり、あなたのことを「下」に見て侮っていたり、あなたのことを軽く見ていたりしたらどうですか?

あなたを脅迫したり騙したりして義務のないことをさせたり、あなたに対して侮蔑的な言葉を投げかけたり、あなたとの約束を守らずに平然としていたり、あるいはもっと漠然とあなたのことをぞんざいに扱ったりしたら、あなたはどう思いますか?

これらの態度に誠実性が欠けていることは明らかです。真摯とも全く言えません。

もちろん腹が立つはずです。

では、腹が立ったとして許せるでしょうか?

上記「マネジメント」の著者であるドラッカー(以下敬称略)は、人はこれを許さないと主張します。

私もドラッカーと同意見です。

少なくとも私は真摯ではない、誠実性に欠ける行為や態度を絶対に許しません

恐らく私以外の人も同じでしょう。もし許せると主張する人はご自分の心の奥底の動きをよくよく観察して見てください。許せない気持ちが確実に蠢いているはずです。

なぜ人は他人の欠点には寛大になれても、他人の不誠実さまたは真摯さの欠如には寛大になれないのでしょうか?

上記のお話の中に答えは既に出ています。

人は完全であることはできませんが、真摯であること、誠実であることは誰にでも出来るのです。

誰にでも出来るにもかかわらず、あえてそれをせず、真摯さを欠き、不誠実な態度で接して来る人をどうして許す必要があるでしょうか?

少なくとも真摯さを欠いた不誠実な人間とは付き合う必要は全くありません。むしろ真摯さを欠いた不誠実な人間とは付き合うべきではありません。

私はIntegrityを真摯さであり誠実さのことだと定義します。

ぼんやりした定義ではありますがこれで十分です。言語ではぼんやりとしが表現できなくても、人の脳はその意味するところをしっかりと理解するからです。

ドラッカーも「マネジメント」の中で真摯さを定義することは難しいが真摯さを欠く例を挙げることはできると言い、実際に真摯さを欠く行為をいくつも例示しています。

およそ人が人と付き合う上で、Integrityは必要不可欠の要素です。これを欠いて人間関係を円滑にすることなど望むべくもありません。

もし人間関係でお悩みの方は、自分が真摯であり誠実であったかを徹底的に振り返ってみてください。

仮に真摯さを欠いていたり、不誠実であったと振り返るならば、今からでも遅くないので真摯であり誠実であってください。

師匠である苫米地英人氏及び青山龍氏は徹底的に真摯であり誠実です。

私も徹底的に真摯であり誠実であることをお約束します。

願わくば、あなたにもそうであって欲しいです。

苫米地式コーチング認定コーチ 森陽でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。

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