「覚悟」のすすめ

こんにちは。森陽(もりあきら)です。

今日は「「覚悟」のすすめ」というお話しをします。

私はかつて生きることがとても苦しく、自殺しようと思っていました。自殺の誘惑と生存本能が激しい綱引きをして、生存本能が勝ってくれている間に「生きることの苦しみを乗り除く方法」を体得でき、生き延びることができました。生き延びることができたからこそ、今このブログを執筆できているわけです。

今日は「生きることの苦しみを乗り除く方法」の根本になったお話をします。

生きることが苦しかった時代、私は私の苦しみは外部環境のせいだと考えていました。私はこんなにも努力しているのに、外部環境が悪いから私はひどい目に遭っているのだと考えていました。

客観的に見た場合、恐らく外部環境はひどかったと今でも思います。生きることが苦しい人の大半は、外部環境が良くはないのでしょう。世の中をざっと見ただけでも、今の日本では貧困がはびこっていますし、人の心を理解できない大人がたくさんいます。少なくとも、人の心に対する適切な接し方を学んでる人は極めて少数でしょうから、不適切な扱いを受けている可能性は大いに考えられます。

だから外部環境は確かにひどいのです。そのことを認めた上で、私はすべてのことを「自己責任」だと覚悟しました。

自分の境遇を外部環境のせいにしているうちは、あなたは「か弱き村人」にすぎません。モンスターが襲ってくることに怯え、ただただ右往左往するだけの存在です。不満や憎しみを口にするかもしれませんが、自ら状況を打開する行動を起こすこともありません。

しかし、「自己責任」を覚悟した瞬間から、あなたは自ら状況を打開しようと動き出す勇者になります。傷つくリスクを乗り越え、モンスターと闘い、ダンジョンも攻略して世界に平和をもたらそうとします。

自己責任を覚悟すれば圧倒的に自由になることができます。どのような選択をしようとも自分の責任なのですから、自分の頭であらゆることを考えたうえで、自由に決断することができます。

そして、人生のコントロールをこの手に取り戻すことができるようになります。人生のコントロールを取り戻すことで、生きる苦しみは大幅に緩和されます。

あなたにもぜひ自己責任を「覚悟」していただきたいと思います。このことは幸せに生きるための起点となる考え方です。

ここで誤解して欲しくないのは、私の言う自己責任はあくまで「覚悟」の問題です。社会政策上、救済をすべき人を救済しないことの言い訳としての自己責任論ではありませんので、念のため付言しておきます。

ではでは。

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。

正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。
ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。

カテゴリー: 幸せに生きるための考え方, 自殺防止プロジェクト タグ: , , , , パーマリンク

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