重大発表!!!!!

こんにちは。森陽(もりあきら)です。

「東京に来ています2」及び「東京に来ています3」の中で

「近々ビックニュースを皆様に発表できると思います。」

と書きました。

長らく引っ張ってスミマセン(‘ω’)ノ

実はフェイスブックツイッターではわかる人にはわかるように、ほんの少しずつですが情報を開示してきました。

また、「ゲシュタルトを再構築します!」も大きなヒントで、「とある視点」からハピリプを再構築してきました。一つ一つの記事がパーツとして機能し、大きなゲシュタルトを形成しています。

「日本人のニーズ」では

「私はコーチングを本格的に学ぶことにしました!」

と書きました。

もうお気づきかもしれませんね。

 

geralt / Pixabay

 

 

重大発表

 

「生きる意味」で詳述していますが、私は「死」を選択する寸前まで精神的に追い詰められ、そこからぎりぎりのところで何とか生還することができました。

その過程で、心理学や自己啓発書を読み漁り、生きる術を見つけて今に至ります。

私は生き延びましたが、私と同じように苦しんでいる人はたくさんいます。その人たちに私が学び得た智恵を提供できないかと模索し始めました。

そして、始めたのがハピリプです。

ハピリプでは私が長年かけて体得した智恵を出し惜しみすることなく公開してきました。

「サイトマップ」

「ハピリプ「幸せに生きるための考え方」編」

「ハピリプ「子育て」編」

「ハピリプ「自殺防止プロジェクト」編」

「ハピリプ「いじめ対策」編」

「ハピリプ「儒教批判」編」

などなど。

上記だけでも人生を好転させる自信はもちろんあります。私が10年以上の年月及び相当の費用をかけて体得した方法論なのですから当然です。

とはいうものの、私の独学による研究であり、経験則は私個人のものに限られるという限界があることは否定できません。

 

この点につき、苫米地英人氏(以下「苫米地博士」といいます。)は荒了寛氏との共著「悟りの教科書」(副題「「煩悩力」を生かせ)(集英社インターナショナル)の中で、とても素通りすることができない重要なことを述べていらっしゃるので、一部引用します。

(引用開始)

それに天台宗に入信したというよりは、荒先生の弟子になったという思いのほうがずっと強いです。学問というのはやはり「人」から学ぶものだと思います。どんなにむずかしい本を読んでいても、すぐれた師に出逢う経験にはかなわないというのが私の昔からの信念です。

(引用終わり)

 

もう一つご紹介します。ユダヤの知恵の本質がわかる言葉です。

ラビ・M・トケイヤー氏著「ユダヤ5000年の知恵」(副題「聖典タルムード発想の秘密」)(講談社+α文庫)より引用。

(引用開始)

私がタルムードの神学校に行ったとき、面接試験で、「どうしてあなたはこの学校に入りたいのか」と聞かれた。「私は、この学校がいいから入りたい」と言った。しかし試験官は「もしあなたが勉強したいというのなら、図書館に行ったほうがいい。学校は勉強するところではない。」と言った。

そこで私は逆に、試験官に、「それなら、なぜ私は学校に入る必要があるのだろうか」と聞いた。彼は、「学校というのは、偉大な人の前に座ることだ。彼らという生きた手本から学べ。生徒は偉大なラビや教師を見守ることによって学んでいくのだ」と言った。

(引用終わり)

※「ラビ」とはユダヤの聖職者のことです。

 

 

苫米地博士の言葉と、ユダヤの知恵はピタリと符号します。

知識は本から学べます。知識が欲しいだけなら本を読んでおしまいなのです。

しかし、「学問」の神髄は本からは学べません。「人」から学ぶのです。

私は「師」につく必要性を強く感じるようになりました。

 

Life-Of-Pix / Pixabay

 

問題は誰を「師」とするかです。

学びたいのは「人生を生きる知恵」です。

例をあげることはしませんが(間接的に批判することになってしまいますので)、それらしきものは世の中に溢れています。

しかし、「本物」はほとんどなく、上辺をさらうかの如く薄っぺらなものばかりです。

中には「本物」らしきものもありますが、それでも残念ながら「経験則」の域を出ないものであり、汎用性がしっかりと担保されているわけではありません。

 

 

そんな中で私がこれと見定めたのは

苫米地博士が展開するコーチング

(以下「苫米地式コーチング」といいます。)

です。

 

 

一つの大きなポイントは苫米地博士が認知科学の学者であることです。苫米地博士は知る人ぞ知る超一流の学者であり、その苫米地博士の知見によりチェックがされているコーチングは「汎用性」が科学的に担保されているということです。

 

もう一つのポイントはその「深さ」です。「コーチング」とカタカナで表記されてはいますが、少なくとも「苫米地式」コーチングは古今東西のありとあらゆる智恵が詰め込まれています。守秘義務の関係で詳しくは述べられませんが、触れれば分かります。いや、ちょっと触れたくらいでは分からないかもしれません。深く深く学んで始めて見えてくることがたくさんあり、その深さは果てしないのです。

 

 

苫米地博士は著書を200冊以上出されており、私はその全てを読んでいます。

今も苫米地博士の本が出版されれば即座に購入し拝読してします。

じゃあそれで十分かというともちろん十分ではありません。上記でも述べたとおり知識は「本」から学べますが、学問としてのコーチングは「師」につかなければその神髄を学ぶことができません。ちなみに苫米地式コーチングは壮大な学問の体系です。

 

 

というわけで、重大発表です。

 

PIRO4D / Pixabay

 

私は

 

 

苫米地式コーチング認定マスターコーチである青山龍氏

 


に師事し、苫米地式コーチングを本格的に学ぶことにしました。

 

現在私は青山龍マスターコーチより直接コーチングを受け、日々「激変」を繰り返しています。

 

 

また、

苫米地英人アカデミー

という場で

苫米地博士から直接教えを受けてもいます。

苫米地博士と一度でも直接お会いした方には実感していただけると思いますが、とにかく「凄い!」の一言です。

 

 

まだ「師」につき間もない段階ではありますが、「師」につくことの重要性は痛い程実感します。

言語化できないものが「師」と場を共有することによってどんどん自分の中に流れ込んできます。

私の中で学びが爆発的に加速しています。

 

 

苫米地式コーチングでは、苫米地博士本人または認定マスターコーチの方のコーチングセッションを一度でも受けると

苫米地式コーチング認定コーチ補

と名乗ってよいことになっています。

6回前後(どなたのコーチングを受けるかによってその回数は若干異なります)のコーチングセッションを受け終えたとき「補」がとれ

苫米地式コーチング認定コーチ

と名乗ってよいルールです。

2016年(平成28年)9月現在、私は青山龍マスターコーチのコーチングセッションを2度受けましたので、苫米地式コーチング認定コーチ補を名乗る要件を満たしたことになります。

 

したがいまして

 

今この瞬間より、

 

苫米地式コーチング認定コーチ補

 

名乗らせていただきます!

 



※都内某所にて師匠青山龍マスターコーチと私。

 

森陽でした。

 

※青山龍氏のブログ

http://blog.livedoor.jp/r_aoyama/

※2016年下期苫米地英人アカデミーのホームページ

http://maxpec.net/academy2016h2/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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