私と武術

こんにちは。森陽(もりあきら)です。

プロフィール

先日はハピリプの筆者である私森陽の「自己紹介」をしましたが、今回は自己紹介の一部詳細版をお届けしたいと思います。

「自己紹介」の中で、「武術」の欄がありましたが、今回は「武術」に焦点を当ててお話ししたいと思います。

ちょっと恥ずかしい話をぶっちゃけつつ、「武術」の世界の奥深さに迫ってみようと思います。

abelleee / Pixabay

私は大学一年生のときに合気道部に入部しました。

理由の一つは男子たるもの肉体的にも強くあらねばならないと思っていたこと(それまでの私は喧嘩にはまるっきり自身がありませんでした)と、(そしてこっちがメインの理由ですが)当時好きだった女の子が合気道部にいたことです(いま振り返れば恥ずかしい限りです。そのときの恋は残念ながら成就しませんでしたが、合気道はそれから5年間続けることになりますので、これもご縁ですね。)。

合気道の先生(以下「S先生」と言います。)が杖道(じょうどう)と居合道も教えていたので、合気道に加え、それらもS先生の道場に通って習うことにしました。当時は週4日武術の稽古をしていました。

合気道を始めたのは喧嘩に強くなりたいとか好きだった女の子とお近づきになりたいとかの実に邪(よこしま)な動機でありましたが、次第に私は武術の奥深さに魅せられていきます。

合気道、杖道、居合道でそれぞれ二段をいただきましたが、武術において二段などほんの駆け出しです。「極めた」などと口がさけても言えませんが、それでも私なりにとらえることができた世界があります。それは武術に限らず、日々の生活において大いに参考になる点があると思いますので、私がおぼろげながらにもとらえることができた武術の世界のお話しを以下にしていくことにします。

もちろん武術の本質は身体性ですので、言語でお伝えできる情報にはおのずと限界がありますが、その一端を感じ取っていただけると幸いです。

jennyzhh2008 / Pixabay

まずは合気道、杖道、居合道を形式的に定義するところから始めます。

合気道とは投げと関節技を主体とする武術です。「合気」という言葉が示すとおり、「気」を「合わせる」ことを重視します(このあたりの感覚は日を改めて詳述する予定です。)。

杖道と居合道は合気道をベースにした武器使用ヴァージョンです。杖道では杖(じょう。つえのことです。)を使った打撃、投げ、関節技があります。居合道は日本刀を使います。居合道の一般的なイメージは鞘(さや)に納めた日本刀を抜きざまに切るというものだと思いますし、それはそれで正しいのですが、それだけではなく合気道の体術をベースに様々な技の体系が組み立てられています。

私の流派の合気道には基本技と変化技があります。基本技は基本となる「型」であり、「変化技」は基本技を変化させた応用「型」というべきもので、いずれにせよ「型」です。

合気道(杖道も居合道も)の稽古を始めた初期の段階ではこの「型」の習得を目指すのですが、「型」を習得しただけでは実戦ではおよそ使えません。相手の技に抵抗しないという約束があるから技がかけられるものの、ほんの少し抵抗されただけでまったく技が決まらなくなります。相手が素人ならともかく、少しでも武術をかじった者同士で闘うと、「型」はおよそ通用しなくなります。

では、どうすればいいのか?ここからが武術の本当の奥深さなのです。

geralt / Pixabay

私は武術とは気合いを入れてガンガン頑張って闘うものだと思っていました。ハピリプを読んでくださっている多くの方もそうお思いかもしれません。

しかし、私や仲間たちがS先生から口酸っぱく言われたことは

力を抜け

でした。

力を抜け

脱力しろ

繰り返しこうおっしゃるのです。

先生がおっしゃるのだからと私を含め生徒たちは力を抜こうと試みます。

しかし、

力が抜けないのです!

力を抜こうとしても、身体が反射的に力を入れてしまいます。特に武術では肉体の戦闘的接触がありますので、本能的に力が入ってしまうのです。

力が入って何が悪いと思われるかもしれませんが、実際の戦闘において、力が入るということはその実、力が「分散する」ことを意味します。効果的な技に向けてのみ使うべき力が「力を入れる」という行為によって余計なところに力が逃げていくのです。結果、技は力を失います。

だからこその脱力なのですが、前述したように本能的に脱力できません。

そこで私がS先生から言われたのは

稽古で力を抜いていくんだ

ということでした。

稽古をしながら徐々に力を抜いていく。

これは私にとってパラダイムシフトでした。

以降、私にとって稽古とは「如何に力を抜くか」という試行錯誤の場となりました。

ここで杖道のお話を少ししたいと思います。

杖(じょう)には本杖(ほんじょう)と竹杖(ちくじょう)があります。

本杖は固い「木」を素材に作られており、これで叩くと場合によっては相手を死に至らしめるほどのダメージを与えることができます。したがって、本杖は「型」にのみ使用していました。「型」であるから約束があり、相手の身体に当たらない前提で稽古するのですが、それでも間違って当たったらと怖かったのを覚えています。

一方、竹杖は「竹」を素材に作られており、これで叩いても基本死にませんし、大怪我もしません。とはいうものの、頭を叩かれればたんこぶくらいはできますし、身体を叩かれればあざができます。端的にかなり「痛い」です。

そして、この竹杖を使って乱捕稽古をしていました。乱捕稽古とは実際に杖を使って打ち合う稽古です。相手を打とうとしますし、相手も防御したりかわそうとします。隙あらば投げを仕掛けます。

稽古を始めた初期段階では、この竹杖乱捕はかなり怖いものでした。なにせ相手は自分を竹杖で叩こうとしてきますし、叩かれればかなり痛いのです。

怖いから当然「固まり」ます。

怖いから力が入ってしまいます。

しかし、これが曲者で、

固まると打たれる

のです。

日本刀での切り合いを想像してみてください。

日本刀は一瞬触れただけで指があっという間に飛ぶほどの切れ味があります。日本刀で切られること=「死」だと言って過言ではありません。

そんな日本刀が自分に向かって振り下ろされてきます。

どう思いますか?

当然怖いです。

しかし、怖くて固まれば「死」確定です。

死を避けるためにはどうすればいいでしょうか?

私の武術的感覚では以下のとおりです。

相手と対峙した瞬間から心身のありとあらゆる力を抜きます。そして全身をセンサーと化します。そのセンサーをは全身よりさらに広げ、自分を中心とし、半径1メートルくらいにまで及ぼします。

相手の刀が自分のセンサー内に入るまでは脱力しつつ、センサー内に入ってきた瞬間に躱すための行動を必要最小限の力で行います(「受け太刀」はスマートとは言えませんので、極力避けます。この感覚も剣の達人ならば共有してもらえると思っています。)。そして、できるなら躱すと同時に攻撃を仕掛け、相手を一刀のもとに葬ります。

想像ですが、剣の達人が実際の闘いでやっていることは上記のようなものだろうと思います。

話しを杖に戻せば、竹杖乱捕でも同じことが言えます。

白帯時代の私は怖くて固まってそのたびに打たれていました。

脱力の重要性を理解し、多少なりとも実践できるようになり(そのころには黒帯になり)、私は打たれることはほぼなくなり ました。

超絶な緊張を強いられる場ですべての力を抜いて構えます(もちろん抜き切れてはいません。そこは達人の領域です。)。半径1メートルをセンサーと化し、相手が入って来たらそこで初めて動きます。これは「後の先(ごのせん)」と呼ばれるものです。

さらに進めば、相手と対峙しているその最中、相手の「固まり」を作り出すべく様々な仕掛けをするようになりました。その仕掛けは肉眼で確認できるかできないかほどの微細な仕掛けです。そういう仕掛けだからこそ相手はかかってくれます。あからさまな仕掛けでは相手も容易に見抜いてかかってくれません。

私の想像ですが、達人級の武士と武士の闘いは「固まり」の取り合いだっただろうと思います。「固まり」の取り合い、つまり、実際に切り伏せる前に勝負は決まります。

実際の闘に場において、「わー」とか「えい」とかやっているのは弱っちい武士ですね。

Nikiko / Pixabay

ここで私の体験談を一つします。

司法試験を目指して浪人していたころ(→「私と司法試験」)、当時北海道の北側に位置する美深町に住んでいたことの話しです(当時は合気道、杖道、居合道それぞれ二段になっていました。)。

河原を散歩していたらリードに繋がれていない、しかも強そうな犬が私の方に向かってきました。そして、私に近づき、「うー、ワン」と威嚇してきました。

私は威嚇された瞬間一歩さがり(このあたりも合気道の体術です。)、間合いを外して犬と対峙しました。

飼い主は遠くから「やめなさい」と言うものの、犬は全くいうことを聞きません。今にも私に飛びかかってくる構えです。

ホント強そうな犬でした。はっきりいって超怖かったです。飛びかかられて、攻撃されたら下手をしたら死にます。

死を意識するほどの怖い状況で、なんと私は全身脱力していました。

犬の脚力を相手に逃げたところで逃げ切れるわけもありません。

生き延びるためには闘うしかないと判断しました。

そして、脱力です。

脱力して、飛びかかられたらいつでも対処するという構えで犬と対峙しました。互いの間合いにはまだ入っていません。間合いに入った瞬間に戦闘開始です。私の脳内では飛びかかられることを想定し、その後の戦闘をシミュレートしていました。

体感覚では1~2分です。私は犬と対峙していました。切り合いに臨む武士の心境です。

結果、犬は私から離れ飼い主の元に去って行きました。

飼い主はその状況になって、私に「すみませんでした」と頭を下げました。

攻撃力の高い犬を放し飼いにするのはどうかと思いますが、私としては一つ実戦経験を積んだと思っています。

犬対私。完全に主観ですが、私は勝ったと思っています。

mpewny / Pixabay

さて、話を日常生活に移します。

現代社会に生きる私たちの日常生活でも緊張を強いられる場面はたくさあります。

そんな場面で「固まって」しまっては十分なパフォーマンスを発揮することはおよそできません。

上記武術の例から得られる教訓は

とにかくリラックス

です。

どんな場面であってもリラックスする。次の瞬間死ぬってほどの場面でこそリラックスが重要です。固まった瞬間に死んじゃうからです。

常にリラックスし、IQを働かせて適切な対処をし続ける。

実は、これがストレスから逃れる秘訣でもあります。

ではでは。

森陽でした。

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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