目の前の「利」につられて理不尽を飲み込んではならない(その1)

こんにちは、苫米地式コーチング認定コーチの森陽(もりあきら)です。

 

ハピリプコーチングにお越しいただきありがとうございます。

 

ほとんどの人は自らの「利」を追い求めて生きています。あなたもきっとそうでしょう。

それだけではもちろんないでしょうが、自らの「利」を全く追わない人はごく少数だと思います。

 

もちろん、自らの「利」を追うことは全く悪いことではありません。

 

しかし、

「利」はときとしてやっかいな問題を引き起こしますよ

というのが今回の記事のテーマです。

 

目の前の「利」につられて理不尽を飲み込んではならない!(その1)

Elektro-Plan / Pixabay

 

「利」を追うこと自体は全く悪くありません。

 

人間も動物ですから「生存」や「自分に近いDNAを残こす」ことを目指すことは持って生まれた本能ですし、健全な欲求です。

 

さらに生存や種の保存以外にも人間には多種多様な欲求があります。他人を傷つけない限り、自分の欲求を満たそうとすることも又何も悪くありません。

 

しかし、ここで立ち止まってよくよく考える必要があります。

 

それは、

 

「利」とは複雑で簡単にはわからない

 

ということです。

 

例を出しましょう。

 

会社の上司から違法行為を指示されたとします。それは粉飾かもしれませんし、賞味期限の改ざんかもしれませんし、原材料を偽ることかもしれませんし、安全に関する嘘かもしれません。

 

違法行為には常にリスクがともないますし(発覚すれば逮捕されますし、社会的非難もあびます。)、通常は良心の呵責をともないます。

 

しかし、上司から違法行為をすれば出世させると誘惑され、同時に断れば会社にいられなくしてやると脅されたらどうでしょう?

 

ここは人によって選択がわかれるはずです。

 

出世したいという欲や会社でいじめられるかもしれないという恐怖から上司からの違法行為の指示に従ってしまう選択だって十分にありえます。

 

仮に上司からの指示に従って違法行為に手を染めてしまったとします。これは目の前の「利」を選択したということです。

 

目の前の「利」は手に入りますが、もう少し大きな視点で見たとき、果たして「利」を得たと言えるでしょうか?

 

この記事で主張したいことは単純です。

 

目の前の「利」に惑わされず、大きな「利」を獲得すべく選択しましょう

 

です。

 

もちろん言うは易しですが、しかし、より良く生きようと思った場合、この視点はどうしても必要になってきます。

 

今回は以上です。

 その2へ続く

「目の前の「利」につられて理不尽を飲み込んではならない(その2)」

「目の前の「利」につられて理不尽を飲み込んではならない(その3)」

苫米地式コーチング認定コーチの森陽でした。

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「まとめ「コーチング」編第2章

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。

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