食べられた鮭の生きる意味

こんにちは。森陽(もりあきら)です。

今日は「食べられた鮭の生きる意味」というお話しをします。

鮭(お魚)は川で産まれ、海に出て、そして産まれた川に帰ってきて、繁殖活動をし、そこで一生を終えます。

卵のうちに多くは食べられ、卵から孵っても多くは食べられ、運よく海に出ることができたとしても多くは食べられ、見事産まれた川に帰ってきて、繁殖活動ができる個体はごくわずかです。ほとんどが、自らの子孫を残すことができず、食べられて命が終わります。

子孫を残すことができなかった鮭には生きる意味はなかったのでしょうか?そんなことはありません。その個体が食べられたおかげで、他の個体が食べられることを免れたといえるからです。

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ハピリプでは生きる意味を役に立つことだと考えます(「生きる意味」で詳しく書いています。)。

途中で食べられた鮭は(結果的に)他の鮭が食べられることを防いだという点で役に立っています。また、食べた生物の栄養になったという点でも役に立っています。

このお話しで言いたいのは「食べられろ」ということではもちろんありません。意図しなくとも生存する以上役に立っているということを認識して欲しいのです。

そして、大切なのはここからですが、人は役に立ち方を自分で決めることができます

自分がどんなことで役に立つかを自分で決め、その役割を全うしようと全力で生きてください。

人は利己的な存在のようでいて、利己的な存在ではありません。もちろん、個体の保存や遺伝子の保存は生物としての本能ですのでそれを追求することは悪いわけではありません。しかし、それのみだと人は幸せを感じづらいようにできています。

個体や遺伝子の保存を超えたところで自分は役に立っていると実感できるとき、人は幸せを感じます。

どんなことでも構いませんが、自分が心から満足できる役割を設定し、それを遂行する。それが幸せな人生を生きる秘訣です。

ではでは。

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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