幸せって何だろう?~その2~

こんにちは。森陽(もりあきら)です。

前々回の記事で私は全ての人に幸せでいて欲しいと書きました。

「全ての人に幸せでいて欲しい」

とすると、

そもそも幸せって何だろう?

という疑問が当然湧き起こってきます。

そこで、前回の記事

「幸せってなんだろう?~その1~」

を書きました。

「幸せってなんだろう?~その1~」では「幸せではない状態」を列挙してみることで、「幸せ」に迫ってみる試みをしました。

そして、今回はその続きです。

「幸せ」とは漠然としていて曖昧なとらえどころのない概念ではありますが、「幸せ」とは何かを正面から考察し、私なりに定義することを試みます。

できるなら、私の考察を土台として、あなたなりの幸せを考えていただきたいと願います。

幸せを捉えることができたなら、人生を捉えることになるからです。

 

幸せって何だろう?

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幸せと感じたことありますか?

きっと一回くらいはあると思います。

幸せと感じた体感を思い出してみてください。

万が一幸せだと感じたことが一度もなければ、幸せそうだと感じたドラマや映画のシーンでも大丈夫です。

さて、幸せだと感じたときはどんな気分でしょうか。

リラックスして気持ちいい場合もあるでしょうし、興奮してハイテンションになっている場合もあるでしょう。

本稿ではこれらの気分のことを総称して「いい気持ち」と呼ぶことにします。

漠然と「幸せ」をイメージするとき、「いい気持ち」が幸せだと思いがちです。

では、「いい気持ち」=「幸せ」だと仮定したとして、幸せになるためにはどうすればいいでしょうか?

ヨガをするとか、スポーツをするとかが思い浮かぶかもしれません。もちろん、これらは「いい気持ち」になるための有効な手段です。

もっと手っ取り早い方法もあります。ドラックをやっちゃえばいいのです。ドラックにはダウナー系もありますし、アッパー系もあり、いずれにしても「いい気持ち」になれます。

しかし、ドラックで得た「いい気持ち」を幸せとは呼ばないでしょう。当たり前ですが、私はドラックを推奨しませんし、むしろ絶対にやめてください。法律に違反し罰せられる可能性があることはもちろん、ドラックは本来脳が持っている凄いパワーを麻痺させてしまいます。

私たちが求める幸せとはドラックで得られるような「いい気持ち」であるはずがありません。

「いい気持ち」を得たいという情動は私も否定しませんし、それらをヨガやスポーツをすることで得ようとすることは構いませんが、しかしやはり「いい気持ち」=「幸せ」ではありません。

「幸せ」とはそんな表層的な感情を表すものではありません!

このことは直感的にあなたにもわかるはずです。

 

幸せとは深い満足感

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絶対的に正しいと主張するつもりはありません。

その上で今の私がたどり着き得た「幸せとは何か?」についての仮説をお示ししたいと思います。

私の仮説。

「深い満足感」

です。

この世に完全なものはありません(「「アプリオリ」は存在しない!」で詳述しています。ぜひご一読ください。)。

ですから完全な生き方もありませんし、完全な生き方がない以上「こう生きるべき」といいう生き方もありません。

また、「こう生きれば幸せになる」という完全なる人生の「型」があるわけでもありません。

とするならば、人生の評価は

「完全に主観的なもの」

ということになります。

「完全に主観的なもの」であるならば、どれだけ自分が満足できたかが全てということになるのではないでしょうか。

しかも満足の度合いが深ければ深い程いい。

だから

「幸せ」=「深い満足感」

なのです。

では、どのようなときに人は深い満足感を得られるのでしょうか?

一つエピソードをご紹介します。

 

 

東日本大震災で家族を救った女の子のお話

Fleedleflump / Pixabay

2011年(平成23年)3月11日。未曽有の大震災があったことは皆様のご記憶に新しいと思います。

東日本大震災です。

東日本大震災では、津波の被害により多くの方が亡くなられました。本当に痛ましいことです。

津波の被害を受けた地域にある小学生の女の子がいました。

地震が起こったあと、女の子の家族は家での待機を主張します。しかし、女の子は高台への避難を強く主張します。

紆余曲折があるものの、家族も女の子の主張を受け入れ、高台に避難します。結果、家族全員の命が助かります。女の子の家は津波が2階の天井にまで達し、もし避難していなければ亡くなっていた可能性が高かったものと思われます。

女の子は後のインタビューで

自分の命も守れたし、家族の命も守れたから満足している。

と語っていました。

これは「釜石の奇跡」と呼ばれるエピソードの一つです。

 

自分の力を最大限に発揮して貢献すること

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上記エピソードは「深い満足感」を考えるにあたり多くの示唆に富んでいます。

女の子の満足の源には自分の力で自分と家族の命を守ったことにあります。

小学生の女の子が家族全員の命を守ったのですから、物凄いことです。

そして、ここに人間がどんなときに「深い満足感」を得るのかということのヒントがあると思うのです。

「深い満足感」=「自分の力を最大限に発揮した貢献」

です。

これは私が「生きる意味」で書いたこととも密接にリンクしますし、コーチングにおけるゴール設定にも大いに参考になります。

また、「自分の力を最大限に発揮して貢献」している人生の状態を私は

「輝く」

と表現しています。

だとすると

「幸せ」=「輝く」

とも言えます。

私のゴールの一つは

「全ての人が輝くことができる世界」

です。

このゴール、共有してくれたら嬉しいです。

 

森陽でした。

 

※「釜石の奇跡」を収録したYouTube動画を張り付けておきます。5分程度の短い動画ですからぜひ一度ご覧ください。そして、最後に出てくる女の子の表情にご注目です。なんともいえないいい笑顔です。

 

 

 

 

 

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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