自己責任を「覚悟」する!

こんにちは。森陽(もりあきら)です。

「自己紹介」

2016年8月19日、ハピリプ「お金」編がスタートしました。

「ハピリプ「お金」編スタート」

今回「お金」編の続きを書こうと思ってパソコンに向かい、ハピリプ内にあるはずの記事を引用しようとしたところ、その記事が見当たりません。なんと、「幸せになるための考え方」編に当然あるべき記事がないことに今更ながら気が付きました。

それは人生を好転させるためにどうしても欠くことのできない考え方です。これを欠いて先に進めるわけにはいきません。

そこで、今回は「お金」編から一度離れ、人生を好転させるためにどうしても欠くことのできない考え方のお話をしようと思います。

skeeze / Pixabay

私の転機

 

私は今でこそ「ハピリプ」でポジティブなことを発信していますが、今までの人生全てがポジティブであったわけではありません。

むしろ超ネガティブな状態にあった時期が長く、その状態が苦しくて、何とかしたくてもがいて、様々な事柄を学んで、そして人生がポジティブになるようになって、学び得た智恵を共有しようと試みているのがこの「ハピリプ」です。

このあたりの事情は「なぜ生きる?」に詳しく書いています。

私は生きることが苦しくて何とかしようともがいていました。何とかしようともがいた一つに、知人に「私の長所と短所を教えてくれ」と聞いて回ったことがありました。知人からすれば相当ウザかったでしょうが、私は必死でした。自分のどこをどう直せば人生が苦しくなくなるのか知りたかったのです。

多くの知人が私の長所をたくさん言ってくれました。私を励まそうとしてくれたのでしょう。事実、エフィカシーが地の底に落ちていた私にとってはそれらの言葉は紛れもなく「救い」でした。今でも感謝しています。

その一方、知人の一人が私の短所を一つ指摘してくれました。この知人の言葉が私の人生の転機となります。

 

ひとのせいにしている

 

知人が指摘してくれた私の短所は

「ひとのせいにしている」

でした。

詳しくは語れませんが、当時の私の不遇な環境は私の力の及ばない出来事が一つの原因で、私はそのことを恨みに思っていました。

恐らくは客観的に見ても私自身の力が及ばない「ネガティブイベント」であり、その影響が少なからず私にあり、私の境遇もまた望ましからざるものになっていたと思います。

私の内面ではこの「ネガティブイベント」に対する恨みがましい思いが渦巻いていました。

そこに

「ひとのせいにしている」

という言葉です。

そのときは「何言ってんだくそっ!ひとのせいだろうが!!!(スミマセン)」って思いましたが、しかし、その言葉は私の心の中に引っかかり続けます。

その後私は心理学や自己啓発系の本を読み漁ることになるのですが、その中で著者の異なる複数の書籍に

「自由に生きていい、ただし自己責任で

という趣旨の話が出てきました。

ただ一人の主張なら否定して無視することもできるでしょうが、複数の人が同じことを言っています。

ここにきて私は「自己責任」について深く深く考え始めました。

 

 

たとえ頭上に飛行機が降ってきても!

 

 

私の不遇は確かに私以外の要因が影響しています。

しかし、そこにこだわり続ける限り、人生は前に進まないことに気が付き始めていました。

そんなあるとき私のなかに「ふっ」とある考えが沸いてきました。

たとえ頭上に飛行機が降ってきても自己責任と考えよう。

です。

かつて、とある国で、飛行機が離陸したところ何らかのトラブルで後ろから垂直に落ち、真下にあったレストランに落下した事故がありました(テロではなく事故です。アメリカの同時多発テロはその後しばらくたってから起きました。)。

飛行機に乗っていた人と、レストランにいた人のほとんど(もしかしたら全員だったかもしれません)死亡しました。

私はそのときレストランにいた人に思いをはせました。レストランで普段通りに働いたり食事をしていただけなのです。それなのに飛行機が降ってきて、そこで人生が終わるなんてなんてことだ。その人たちには何の責任もないじゃないかと。

私の不遇なんて屁みたいなものです。何せまだ生きてます。でもそのときレストランにいた人たちは人生が終わってしまいました。自分たちは何も悪くないのにです。

私が思いつく一番理不尽な「ネガティブイベント」が上記飛行機落下事故でした。私にもいつそんなことが起こらないとも限りません。

そして、そんなことが私の身に起きても、私は「自己責任」だと考えようとあるとき決めたのです。

これが私の人生の大きな転機でした。

止まっていた私の人生の時計が動き出します。

 

自己責任は「覚悟」!

 

「自己責任」という言葉は社会的に不遇な人への援助を不要とする錦の御旗的にも使われていますが、私ははそのような趣旨で「自己責任」と言いたい訳ではありません。

ここでいう自己責任とは

自分の人生を引き受ける覚悟

のことを指しています。

言い換えるなら、

何が起こっても

ひとのせいにしない

ということです。

この覚悟ができると人生を自分で切り拓く勇気を得ることができます。

人生は選択の連続ですが、どう判断しようと自己責任なので、自分の意志で決めることができます。

他人の意志を忖度(そんたく)しなくなるのです。

そして、後ろ向きだった思考が思いっきり前に向き始めます。

私もそうでしたが、私以外の方でも人生がうまく回らない人は

自己責任の覚悟

が例外なく出来ていません。

自己責任の覚悟が出来ていないから主体的な判断をすることができず、結果責任を他人に押し付け(だけど誰も自分の人生に責任をとってくれないので)、誰かを恨み、人生を嘆くことしか出来なくなってしまうのです。

自己責任の覚悟が出来ている人にとっては人生を嘆いている暇など1秒もありません。そんなことをする位ならガシガシ行動して、自分の意志で人生を切り拓きます。

心から望むゴールを設定し、アファメーションなどでゴールの世界の臨場感を高め、エフィカシー高く自己責任でwant toの行動をし続ける。

これ、コーチングの真髄です。

「自己責任」とは決してあなたを奈落の底に突き落とす言葉ではありません。

あたなを「か弱き村人」から世界を救うための冒険の旅に出る「勇者」にしてくれる言葉です。

私は自己責任を覚悟した瞬間から人生における選択を主体的にすることができるようになりました。そうすると見える世界が一変します。
あなたもきっとそうです。

どうぞ自己責任の覚悟を持ち、全力で人生を切り拓いていただきたいと切に願います。

森陽でした。

 

 

 

 

 

 

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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