私は儒教を否定します

こんにちは。森陽(もりあきら)です。

今日は「私は儒教を否定します」というお話をします。

儒教とは中国で生まれた孔子を始祖とする宗教です。

儒教の教えをものすごく単純化して端的にいうと、「いい人になりましょう」ということです。そして、ここでいう「いい人」とは、単に「いい人」であることに加えて、自らの序列をわきまえた、より上位の人に忠誠を尽くす人を指します。また、「いい人」でいる必要があるのはそのコミュニティ内に対してだけで、コミュニティの外に対しては「いい人」である必要はありません。

例えば、儒教では親孝行を重視します。親孝行とは子どもが親に忠誠を尽くし、親のために働くことをいいます。また、上司に対する忠誠が求められますし、君主に対する忠誠も求められます。

ここで問題なのは、より上位のものはより下位のものよりも「偉い」ことを前提に、下位のものに対して、上位のものに対する忠誠を求めることです。これは差別の思想と言わなければなりません。

「親」を「妹」と「同じように」大切にしましょうというのであれば私も否定しません。しかし、儒教には明らかに妹よりも親が大切だという価値観が入っています。これを差別と感じないとしたら、その人には骨の髄まで差別意識が浸透していると考えるべきです。

このような儒教的価値観は日本のありとあらゆるところで見ることができます。

後輩は先輩に敬語を使うことが求められないでしょうか?

年下の者は年上の者を立てて接するべきでしょうか?

職場で地位の上のものに対して過度に委縮していないでしょうか?

部下に対して不必要に横柄に振る舞ってはいないでしょうか?

挙げたらきりがありません。

 

儒教の教えは表面上「いい人」でありましょうとするものなので、これを良い教えだと捉えている人がたくさんいます。むしろ、今の日本でさえ多数派といえます。あいさつなどで「論語」を引用する人がいますが、まさに儒教を良い教えだと捉えている証拠でしょう。

しかし、儒教の教えには、その裏に激しい「差別」が潜んでいます。

私が否定するのはこの「差別」です。

差別はするする人もされる人も傷つけます!

ハピリプの読者であるあなたにはどうか差別意識から脱却して欲しいと願います。

差別意識から脱却することが幸せな人生を生きる第一歩になります。

ではでは。

(参照)

序列を捨て去れ!

 

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森 陽 について

森陽(もりあきら)。苫米地式コーチング認定コーチ、作曲家。 正面から真剣に本当に役に立つ情報を発信しています。 ハピリプがあなたの幸せにほんの少しでも貢献できたらとても嬉しい。
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